STORY
“拝啓 ウェ村バル之進さま……”。流麗な文字を便箋に連ねているのは、《The 4th Stage Cafe》のキャスト、メイだ。今日もキラキラのステージ衣装に身を包んだ彼女は、開店前に日課の強火ファンレターを書いていた。
“今日は午前にお仕事が終わりますので、ランチにお伺いします。ああ、早くバル之進さまにお会いしたくて胸のドキドキが収まりません……!”
彼女がご執心なのは、ライバル店舗である《卯月浪漫茶房》のウェ村バル之進なるキャストだった。念のため記しておくならば、彼女は同担拒否勢ではないから安心してほしい。たとえ自室がこの短期間に公式・ファンメイド問わずバル之進グッズで埋もれ、バル之進柄のパジャマで日々眠りについているとしても、だ。
「毎日てんやわんやですが、こうしてバル之進さまを推すことができたのですから、うさぎ大王さまには大・大・大感謝なのですわ!」
うさぎ大王。
遠い宇宙の果て、パカパカ星雲からジャポネにやってくる平和の使者――なのだそうである。
ここ極東都市ジャポネは、その歓待の準備に沸いている。住民である地球人、宇宙人、地底人、異世界人、合成人間その他諸々はノリノリで、あるいはおっかなびっくり、このお祭りムードに飲み込まれようとしている。
中でも目玉の催しが、メイも参加しているこの《コンカフェ大会》だ。
高度な技術を持つというパカパカ星雲と、友好的にお近づきになりたい! 政府はそれを切に願っている。しかし同じく技術を狙う国外や星外の勢力が、この騒ぎに紛れ大量にジャポネに流入していることも分かっている。ならばと考え出されたのがこの大会だった。うさぎ大王は、平和の使者だという! ならば、その歓待と権益もまた平和的に!
莫大な利権をチラつかされた各分野の派閥が、この提案に乗った。期間中、彼らはバックにある派閥や勢力を隠した状態でコンセプトカフェを作り盛り上げる。ここでよりよいおもてなしを行い、何も知らず歓迎祭を楽しむ住民達から多くの支持を得たならば、それが将来の利権獲得の優位に繋がるのだ。
発表されたコンカフェは5店舗。《マスターズカフェ5》と称されたそれらは、背後の派閥が沈黙しつつも全力を上げて癖を煮込んだ至高の出来栄えだ。各店舗のおもてなし担当、《キャスト》もジャポネ中から募集され日々最高の接客を行っている。結果として、早くも各店舗に日参する常連、カフェ巡りを楽しむ観光客、メイのように自身もキャストでありながら他のキャストを推す者などが入り乱れ大賑わいの様相を呈していた。
「メイ、開店だ。お前のステージが最初だろう、急げ」
お手製のバル之進ぬいを抱きしめ浸っているメイに、同僚のブラックソードが声を掛けた。彼はひと呼んで“フォースタに堕ちた漆黒の天使”、ここの看板キャストだ。フォースタのキャストたちは各地から集められた現役アイドルで、メイ自身も故郷じゃ壁……いやソロでけっこうな集客をしている身、それと違うメイクとパフォーマンスをしていても気づくファンはいる。かれらに可愛く“シー!”のウインクをするのも仕事のひとつだが、ことブラックソードに関してはどこのアイドルだったかわからない。全てが闇に包まれた男なのである。そう思ってみるとビシッと決めたチェック柄の衣装も心なしか影を引くようであるが、彼がインカムを着けていないことにメイは気付いた。
「あれ、今日はブラックソード氏はお出にならないんですの?」
「私には外でやるべき仕事がある。それからその呼び方はやめろ。私は誰も推しはしない」
「ご自分推し、ということですのね! 頑張るのですよブラックソード氏~!」
開店直後が忙しいのはどこの店舗も同じである。《卯月浪漫茶房》も、連日の大入りに予想以上に在庫が減りキッチンが慌てていた。
「おやバル之進」
今日のシフトは少し後からだったはずの彼が、おそらく義理堅さから早めに出勤してきたのに目を留めたのはお局キャストのお静だった。できて間もないカフェでお局もなにも無かろうと思うなら一度茶房を訪れるといい。年季の入ったお局っぷりは、普段の仕事でもさぞ……げふんげふん。ともかく、お静は一番いい客用座敷でのんびり茶を啜りながら新作の煎餅を出していた。
「おはようございます、お静殿」
「キッチンがなにか言ってるから、見てくるんだね」
じゃあお静さんが、とここで口を出すバル之進ではない。引き受けた彼を尻目にお静は座敷に来た客を軽くあしらい始めた。
「はい、勝手は分かってるね。ふん。ああ、これは今日からの煎餅さ。……そうだあたしとひと勝負といくかい」
袋に入った丸い煎餅ひとつの外周を向かい合ったふたりでつまみ、互いに力を入れて割る。より大きい破片をつまんでいたほうが勝ちという他愛ない遊びだ。勝てたらこれはおまけ、と言う口車に乗せられた客はまんまと負かされ、ぺろりと舌を出したお静は手を打って茶の注文を取り次いだ。
キッチンの状況は思ったよりギリギリで、泣きつかれたバル之進は近所に仕入れに出ることになった。さすがに牛乳パック10本に砂糖5kg、あんこ3kgは重い、が……
「民の将来を負う重さに比べれば……」
ちょっとなんの話かわからないが、ぱんぱんのリュックサックを背負いバル之進は通りを歩き続けた。想像で描かれたうさぎ大王のイラスト看板や謎モニュメントが浮かれ気分のそこに、急にいい感じのジャズサウンドが流れてくる。異形の客たちが吸い込まれていく先はシックな店構えの《サロン・ド・アヴリル》。これもマスターズカフェ5の一角だ。開いた扉の奥から、自己紹介が聞こえてきた。
「蓮見です。お上着を……」
ハスミです、か……なんとなしバル之進は遠い目をする。いかんいかん、早く店に戻らなくてはいけない。私ももっと流暢に挨拶できるようにならなくては、なんてことを考えながら彼はもう一段足を早めた。
アヴリルをいま訪れたのは、不思議な姿かたちの一見さん5人連れだった。無論、どのようなお客様であっても最高の快適さを提供するのがこの店舗の売りである。上着を預かった蓮見とアイコンタクトして、入れ替わりにテーブルに近付いたアメリは優雅に礼をした。
「ようこそ、サロン・ド・アヴリルへ」
何をどうやって召しあがるのか想像しがたい形状のお客様にも等しくメニューブックの案内をし、相手のちょっとした目の動きから好みを探る。それに合わせて的を射たメニューのおすすめができるのがアメリの強みであった。サンドイッチとクッキー、フルーツタルト……てんでばらばらの注文を手際よく控えて辞し、ホールの端に控えていた蓮見に囁く。
「あの薔薇飾りの方、サーヴを貴方にお願いしてもよろしいかしら」
お客様の望みを最大限汲み取り、最高の接客体験を。アメリの観察眼は人の心のちょっとした揺らぎを見逃さない。じきに出来上がった食事を持ち、さりげなくふたりでテーブルへ向かう。
「こちらはまた、私が注ぎに参ります」
紅茶の説明をした蓮見が、恭しく告げてポットにカバーを掛ける。それをうっとり見ているお客様を目の端で捉えながら、アメリは自分もにっこりと微笑んでフルーツタルトの紹介をした。そのお客様は嬉しそうに頭部を振り、最後にはアメリとの《ふぁんぴく》を3枚も撮って帰ったのだからきっとご満足いただけたのだろう。蓮見の担当したお客様も、連れに囃されて仕方なくという風情で彼と1枚を撮り、大事に内ポケットに入れて帰った。蓮見はとくに笑うでもなく写るのだが、それが人気なのだからおもてなしとは多様だとアメリは思う。
「さっきのお客様、あふろでぃあのキャストかもしれませんよ」
お見送りを終えた蓮見が、戻ったところでそう教えてくれた。
「あら、そうでしたの? 偵察でしょうか……」
気が付かなかったと眉をひそめたアメリは、この勝負にかけられているものの大きさを測りかねる顔をした。彼女個人の矜持として負けるわけにはいかないが、それはそれとして皆が盛り上がればいいということでもないのだろうか。
「こちら、“300Kジハイドロジェンモノオキサイド”です。“277K”の方はこちら……それから“333K”です」
そのケモミミ尻尾サイバーカフェ……こと、《らぼカフェ☆あふろでぃあ》でホールに出ていたのはRay、科学技術の詰め込まれた犬耳カチューシャと夢の詰め込まれた眼帯がトレードマークの少年(型アンドロイド、※機密事項)だ。
「お客様。それ以上は出禁の対象となります」
彼は多少濃ゆい贔屓が多いキャストだが、その見た目の儚げな透明感に反して、スレスレの絡みを試みる客への真正面鉄壁ガードは誰もが畏怖の念を覚える堅さだ。
「ちょRay~、あんたさー、もうちょっとノリよくさー」
しかし大人しく清算を済ませてその客が帰った後、レジからDr. ローズがひそひそ彼を手招きした。これもナイショだが彼女はアンドロイドではなく、その制作側の科学者だ。このイベント次第で最新技術がウッハウハ、と聞いて居ても立っても居られず参加しに来たクチである。
「さっきのお客さんにはあれがベストです」
「ぬ! 確かにそれはそう~!」
さくっと反論され、ちゃんと認める辺りはDr. ローズも科学の子である。だがRayはその対応のために、もっとkawaii系を求める客から引かれているのではないか……それがドクターらしい親心なのだった。
「やーでもさぁ、性格かわゆく振り切るテクもあるかもだよ? あーそもそもうさぎ大王来たらさ、そーゆーのも科学技術でなんとかなるかもかー……そうなったらいっぱい試したいよね~」
勝手に盛り上がるローズにやれやれ顔のRay、すなわちやれやRayというところで……エントランス前が騒がしくなって、舌打ちしたローズは何ごとかと外に出た。
「チョリーッス! 《エイプリアンダイナー》だよーっ! 今日は公園に出張トラック出すからみんな来てねーっ」
そこではオレンジ色の目立つ制服に身を包んだパツキンギャルがフライヤーを配って回っていた。宣伝しているのはライバル店舗だ。Dr. ローズはできうる限りの目力を込めて、キャストとそれに集る通行人の間に割り込んだ。
「あーん? あんた誰? ここドコか知っててやってくれちゃってるぅ?! ココさー、らぼカフェってゆーんだけどさー?」
「うぇいうぇーい! かみちーだよ! 知ってるよー、ココにいる人みんなカフェ好きしょ? だからココ楽しんだあとウチ来てくれたら2倍楽しいじゃん!」
おねーさんも仕事上がったら来てね! と1枚押し付けられて、思わず中を確かめたDr. ローズは自分のエプロンをむしり取った。
「やっべブラソの出張ライブ今日だったじゃん、Rayあとよろしく〜!」
猛然と駆けてゆくDr. ローズを見送り、かみちーはその場の客を束ねた。
「よーしみんなで公園までこのまま行こー! トラックなのにでっかいステーキ焼けるのマジウケるよ~、いつものバーガーもソーダもあるし!」
彼女らの目指す公園というのは、だだっ広い芝生が続く広場だ。そこには既に大量の先客がいる。《The 4th Stage Cafe》のキャストにもてなされ、片手に飲み物、片手にペンライトを持った大量の観客はステージトラックを注視していた。
「私の歌を聴きに集った者たちよ!」
その熱狂的視線を一心に集め、ステージ中央に立つアイドルは当然この男である。
「ブラックソード様ぁーーーーー!」
ファンたちの絶叫も余裕の表情で受け止め、彼は渾身のパフォーマンスを始めんと息を吸っ――
すごく、いい匂いがする。
皆が視覚と聴覚に集中する、その一瞬の隙に嗅覚をジャックしたのはポテトフライの香りだった。思わず“芋……?”と呟いたブラックソードにつられて、観客の後方数十人が振り向く。
そこにあったのはエイプリアンダイナーのベリービッグキッチンカーだ。レトロな車体にモンスターサイズのキッチンルームを取り付け、スピーカーだけはいつものジュークなミュージックを流さず黙っているのは紳士的な配慮か。その中でカリカリほくほく揚げたてのポテトにせっせとシーズニングを振っているかみちーの隣で、やけにガタイのいい男が白い歯を出して笑う。
「Hey, Guys! 歌のお供に、今日限定スペシャルポテトフライ永遠の4月味はドーデスカ! ささ、早くしないと冷めちゃいソード、歌も踊りも見てみダイナ~、Yeah!」
この怪人はその名もバシリオ★ザ★ゴールデンシップというエイプリアンのキャストである。マイクを使っている様子もなく異様な大音声を響かせた彼は、動こうとする観客を留めて自ら客席販売を始めた。そうして山盛りポテトを難なく売りさばくと、ちゃっかり最後列に加わってライブに参戦する気満々の構えをとる。
「えーB★T★Gズルーい! 私もそっち行きたいし!」
「Oh, かみちーさみC……?」
「ちがーう! やっぱライブってアガるじゃん! だから! ねー、みんなもそーだよねー!」
その呼び掛けに、観客は沸く。
「好きにせよ。……いくぞ!」
今のここでは全てがおもてなしで争われる。それを知るブラックソードは腕を伸ばし歌い出した。
“今日は午前にお仕事が終わりますので、ランチにお伺いします。ああ、早くバル之進さまにお会いしたくて胸のドキドキが収まりません……!”
彼女がご執心なのは、ライバル店舗である《卯月浪漫茶房》のウェ村バル之進なるキャストだった。念のため記しておくならば、彼女は同担拒否勢ではないから安心してほしい。たとえ自室がこの短期間に公式・ファンメイド問わずバル之進グッズで埋もれ、バル之進柄のパジャマで日々眠りについているとしても、だ。
「毎日てんやわんやですが、こうしてバル之進さまを推すことができたのですから、うさぎ大王さまには大・大・大感謝なのですわ!」
うさぎ大王。
遠い宇宙の果て、パカパカ星雲からジャポネにやってくる平和の使者――なのだそうである。
ここ極東都市ジャポネは、その歓待の準備に沸いている。住民である地球人、宇宙人、地底人、異世界人、合成人間その他諸々はノリノリで、あるいはおっかなびっくり、このお祭りムードに飲み込まれようとしている。
中でも目玉の催しが、メイも参加しているこの《コンカフェ大会》だ。
高度な技術を持つというパカパカ星雲と、友好的にお近づきになりたい! 政府はそれを切に願っている。しかし同じく技術を狙う国外や星外の勢力が、この騒ぎに紛れ大量にジャポネに流入していることも分かっている。ならばと考え出されたのがこの大会だった。うさぎ大王は、平和の使者だという! ならば、その歓待と権益もまた平和的に!
莫大な利権をチラつかされた各分野の派閥が、この提案に乗った。期間中、彼らはバックにある派閥や勢力を隠した状態でコンセプトカフェを作り盛り上げる。ここでよりよいおもてなしを行い、何も知らず歓迎祭を楽しむ住民達から多くの支持を得たならば、それが将来の利権獲得の優位に繋がるのだ。
発表されたコンカフェは5店舗。《マスターズカフェ5》と称されたそれらは、背後の派閥が沈黙しつつも全力を上げて癖を煮込んだ至高の出来栄えだ。各店舗のおもてなし担当、《キャスト》もジャポネ中から募集され日々最高の接客を行っている。結果として、早くも各店舗に日参する常連、カフェ巡りを楽しむ観光客、メイのように自身もキャストでありながら他のキャストを推す者などが入り乱れ大賑わいの様相を呈していた。
「メイ、開店だ。お前のステージが最初だろう、急げ」
お手製のバル之進ぬいを抱きしめ浸っているメイに、同僚のブラックソードが声を掛けた。彼はひと呼んで“フォースタに堕ちた漆黒の天使”、ここの看板キャストだ。フォースタのキャストたちは各地から集められた現役アイドルで、メイ自身も故郷じゃ壁……いやソロでけっこうな集客をしている身、それと違うメイクとパフォーマンスをしていても気づくファンはいる。かれらに可愛く“シー!”のウインクをするのも仕事のひとつだが、ことブラックソードに関してはどこのアイドルだったかわからない。全てが闇に包まれた男なのである。そう思ってみるとビシッと決めたチェック柄の衣装も心なしか影を引くようであるが、彼がインカムを着けていないことにメイは気付いた。
「あれ、今日はブラックソード氏はお出にならないんですの?」
「私には外でやるべき仕事がある。それからその呼び方はやめろ。私は誰も推しはしない」
「ご自分推し、ということですのね! 頑張るのですよブラックソード氏~!」
開店直後が忙しいのはどこの店舗も同じである。《卯月浪漫茶房》も、連日の大入りに予想以上に在庫が減りキッチンが慌てていた。
「おやバル之進」
今日のシフトは少し後からだったはずの彼が、おそらく義理堅さから早めに出勤してきたのに目を留めたのはお局キャストのお静だった。できて間もないカフェでお局もなにも無かろうと思うなら一度茶房を訪れるといい。年季の入ったお局っぷりは、普段の仕事でもさぞ……げふんげふん。ともかく、お静は一番いい客用座敷でのんびり茶を啜りながら新作の煎餅を出していた。
「おはようございます、お静殿」
「キッチンがなにか言ってるから、見てくるんだね」
じゃあお静さんが、とここで口を出すバル之進ではない。引き受けた彼を尻目にお静は座敷に来た客を軽くあしらい始めた。
「はい、勝手は分かってるね。ふん。ああ、これは今日からの煎餅さ。……そうだあたしとひと勝負といくかい」
袋に入った丸い煎餅ひとつの外周を向かい合ったふたりでつまみ、互いに力を入れて割る。より大きい破片をつまんでいたほうが勝ちという他愛ない遊びだ。勝てたらこれはおまけ、と言う口車に乗せられた客はまんまと負かされ、ぺろりと舌を出したお静は手を打って茶の注文を取り次いだ。
キッチンの状況は思ったよりギリギリで、泣きつかれたバル之進は近所に仕入れに出ることになった。さすがに牛乳パック10本に砂糖5kg、あんこ3kgは重い、が……
「民の将来を負う重さに比べれば……」
ちょっとなんの話かわからないが、ぱんぱんのリュックサックを背負いバル之進は通りを歩き続けた。想像で描かれたうさぎ大王のイラスト看板や謎モニュメントが浮かれ気分のそこに、急にいい感じのジャズサウンドが流れてくる。異形の客たちが吸い込まれていく先はシックな店構えの《サロン・ド・アヴリル》。これもマスターズカフェ5の一角だ。開いた扉の奥から、自己紹介が聞こえてきた。
「蓮見です。お上着を……」
ハスミです、か……なんとなしバル之進は遠い目をする。いかんいかん、早く店に戻らなくてはいけない。私ももっと流暢に挨拶できるようにならなくては、なんてことを考えながら彼はもう一段足を早めた。
アヴリルをいま訪れたのは、不思議な姿かたちの一見さん5人連れだった。無論、どのようなお客様であっても最高の快適さを提供するのがこの店舗の売りである。上着を預かった蓮見とアイコンタクトして、入れ替わりにテーブルに近付いたアメリは優雅に礼をした。
「ようこそ、サロン・ド・アヴリルへ」
何をどうやって召しあがるのか想像しがたい形状のお客様にも等しくメニューブックの案内をし、相手のちょっとした目の動きから好みを探る。それに合わせて的を射たメニューのおすすめができるのがアメリの強みであった。サンドイッチとクッキー、フルーツタルト……てんでばらばらの注文を手際よく控えて辞し、ホールの端に控えていた蓮見に囁く。
「あの薔薇飾りの方、サーヴを貴方にお願いしてもよろしいかしら」
お客様の望みを最大限汲み取り、最高の接客体験を。アメリの観察眼は人の心のちょっとした揺らぎを見逃さない。じきに出来上がった食事を持ち、さりげなくふたりでテーブルへ向かう。
「こちらはまた、私が注ぎに参ります」
紅茶の説明をした蓮見が、恭しく告げてポットにカバーを掛ける。それをうっとり見ているお客様を目の端で捉えながら、アメリは自分もにっこりと微笑んでフルーツタルトの紹介をした。そのお客様は嬉しそうに頭部を振り、最後にはアメリとの《ふぁんぴく》を3枚も撮って帰ったのだからきっとご満足いただけたのだろう。蓮見の担当したお客様も、連れに囃されて仕方なくという風情で彼と1枚を撮り、大事に内ポケットに入れて帰った。蓮見はとくに笑うでもなく写るのだが、それが人気なのだからおもてなしとは多様だとアメリは思う。
「さっきのお客様、あふろでぃあのキャストかもしれませんよ」
お見送りを終えた蓮見が、戻ったところでそう教えてくれた。
「あら、そうでしたの? 偵察でしょうか……」
気が付かなかったと眉をひそめたアメリは、この勝負にかけられているものの大きさを測りかねる顔をした。彼女個人の矜持として負けるわけにはいかないが、それはそれとして皆が盛り上がればいいということでもないのだろうか。
「こちら、“300Kジハイドロジェンモノオキサイド”です。“277K”の方はこちら……それから“333K”です」
そのケモミミ尻尾サイバーカフェ……こと、《らぼカフェ☆あふろでぃあ》でホールに出ていたのはRay、科学技術の詰め込まれた犬耳カチューシャと夢の詰め込まれた眼帯がトレードマークの少年(型アンドロイド、※機密事項)だ。
「お客様。それ以上は出禁の対象となります」
彼は多少濃ゆい贔屓が多いキャストだが、その見た目の儚げな透明感に反して、スレスレの絡みを試みる客への真正面鉄壁ガードは誰もが畏怖の念を覚える堅さだ。
「ちょRay~、あんたさー、もうちょっとノリよくさー」
しかし大人しく清算を済ませてその客が帰った後、レジからDr. ローズがひそひそ彼を手招きした。これもナイショだが彼女はアンドロイドではなく、その制作側の科学者だ。このイベント次第で最新技術がウッハウハ、と聞いて居ても立っても居られず参加しに来たクチである。
「さっきのお客さんにはあれがベストです」
「ぬ! 確かにそれはそう~!」
さくっと反論され、ちゃんと認める辺りはDr. ローズも科学の子である。だがRayはその対応のために、もっとkawaii系を求める客から引かれているのではないか……それがドクターらしい親心なのだった。
「やーでもさぁ、性格かわゆく振り切るテクもあるかもだよ? あーそもそもうさぎ大王来たらさ、そーゆーのも科学技術でなんとかなるかもかー……そうなったらいっぱい試したいよね~」
勝手に盛り上がるローズにやれやれ顔のRay、すなわちやれやRayというところで……エントランス前が騒がしくなって、舌打ちしたローズは何ごとかと外に出た。
「チョリーッス! 《エイプリアンダイナー》だよーっ! 今日は公園に出張トラック出すからみんな来てねーっ」
そこではオレンジ色の目立つ制服に身を包んだパツキンギャルがフライヤーを配って回っていた。宣伝しているのはライバル店舗だ。Dr. ローズはできうる限りの目力を込めて、キャストとそれに集る通行人の間に割り込んだ。
「あーん? あんた誰? ここドコか知っててやってくれちゃってるぅ?! ココさー、らぼカフェってゆーんだけどさー?」
「うぇいうぇーい! かみちーだよ! 知ってるよー、ココにいる人みんなカフェ好きしょ? だからココ楽しんだあとウチ来てくれたら2倍楽しいじゃん!」
おねーさんも仕事上がったら来てね! と1枚押し付けられて、思わず中を確かめたDr. ローズは自分のエプロンをむしり取った。
「やっべブラソの出張ライブ今日だったじゃん、Rayあとよろしく〜!」
猛然と駆けてゆくDr. ローズを見送り、かみちーはその場の客を束ねた。
「よーしみんなで公園までこのまま行こー! トラックなのにでっかいステーキ焼けるのマジウケるよ~、いつものバーガーもソーダもあるし!」
彼女らの目指す公園というのは、だだっ広い芝生が続く広場だ。そこには既に大量の先客がいる。《The 4th Stage Cafe》のキャストにもてなされ、片手に飲み物、片手にペンライトを持った大量の観客はステージトラックを注視していた。
「私の歌を聴きに集った者たちよ!」
その熱狂的視線を一心に集め、ステージ中央に立つアイドルは当然この男である。
「ブラックソード様ぁーーーーー!」
ファンたちの絶叫も余裕の表情で受け止め、彼は渾身のパフォーマンスを始めんと息を吸っ――
すごく、いい匂いがする。
皆が視覚と聴覚に集中する、その一瞬の隙に嗅覚をジャックしたのはポテトフライの香りだった。思わず“芋……?”と呟いたブラックソードにつられて、観客の後方数十人が振り向く。
そこにあったのはエイプリアンダイナーのベリービッグキッチンカーだ。レトロな車体にモンスターサイズのキッチンルームを取り付け、スピーカーだけはいつものジュークなミュージックを流さず黙っているのは紳士的な配慮か。その中でカリカリほくほく揚げたてのポテトにせっせとシーズニングを振っているかみちーの隣で、やけにガタイのいい男が白い歯を出して笑う。
「Hey, Guys! 歌のお供に、今日限定スペシャルポテトフライ永遠の4月味はドーデスカ! ささ、早くしないと冷めちゃいソード、歌も踊りも見てみダイナ~、Yeah!」
この怪人はその名もバシリオ★ザ★ゴールデンシップというエイプリアンのキャストである。マイクを使っている様子もなく異様な大音声を響かせた彼は、動こうとする観客を留めて自ら客席販売を始めた。そうして山盛りポテトを難なく売りさばくと、ちゃっかり最後列に加わってライブに参戦する気満々の構えをとる。
「えーB★T★Gズルーい! 私もそっち行きたいし!」
「Oh, かみちーさみC……?」
「ちがーう! やっぱライブってアガるじゃん! だから! ねー、みんなもそーだよねー!」
その呼び掛けに、観客は沸く。
「好きにせよ。……いくぞ!」
今のここでは全てがおもてなしで争われる。それを知るブラックソードは腕を伸ばし歌い出した。