ENDING
 楽しい時間はいつか終わりが来るものだ。
 不慮の事情により発生したジャポネ空前のコンカフェ大会は、盛況のまま予定期間を終えた。
 サロン・ド・アヴリル。
 The 4th Stage Cafe。
 らぼカフェ☆あふろでぃあ。
 卯月浪漫茶房。
 そして、エイプリアンダイナー。
 これらのマスターズカフェ5のうち、もっとも支持を受けたカフェを決める集計が粛々と行われ、国賓たるうさぎ大王をもてなす栄誉を得る勢力がついに発表と相成ったのである。


●サロン・ド・アヴリル
 厚い絨毯は足音を吸い込み、くつろぐ客の時間を邪魔しないよう設計されていた。重いカーテンが半ば引かれた窓からは穏やかな日差しが差し込む。
 店の奥、コーヒーメーカーに囲まれ客の目に留まりにくいカウンターにて。
「ずいぶん健闘したと思うのですけれど……」
 エレガントなBGMを背景に、今しがた届いた通知を見て アメリ (アメリア・ラントワープ) はひそかにため息をついた。

 マスターズカフェ5によって行われたおもてなしバトルの結果通知である。
 この1ヶ月あまり彼女がキャストとして参画したサロン・ド・アヴリルはかなりの支持を受けたが、うさぎ大王を優先してもてなす資格は得られなかった。

「残念な結果でしたが、やむなしですね」
 隣でカップを磨きながらそう言ったのは、同じくサロン・ド・アヴリルに所属する 蓮見 (蓮見 恒成) だ。アメリは優美な弧を描く眉を軽く寄せた。
「やはり悔しく思ってしまいます。経験があるぶん、私達は有利だったのですから」
「ですが、今後につながる御縁は得られました。それでよしとするのは、いかがですか」
 蓮見の言葉には大いに別の意味が含まれている。

 ――マスターズカフェ5は常設の店舗ではない。各々がジャポネ各方面に力を持つ派閥を背景とし、勢力拡大を目論んでいるのだ。

 一瞬の思考ののち、アメリは微笑んだ。
「……本業に期待、ですかしらね」
 蓮見は眼鏡の奥の目を一瞬だけ見開くと、人差し指を一本立てて自身の唇に立てる。
「それ以上は、控えておきましょう」
「あら、失礼いたしました」
 静かに交わされる視線の意味は、彼らしか知らない。

 サロン・ド・アヴリル。
 ジャポネ政財界に強いつながりを持つ、おもてなしのプロ集団であった。


●らぼカフェ☆あふろでぃあ
  Dr.ローズ (ロザリーナ)ジハイドロキシケイ皮酸化合物 (コーヒー)353K (ホット)283K (アイス) をそれぞれの客に出して戻ってくると、 Ray (萩宮 怜) が先ほど届いた通知を眺めていた。
「結果、出たんですね」
「そうみたいねー」
 Dr.ローズはエプロンから数本の試験官を取り出し、ピペットでプレパラートに少量ずつ広げながら相槌を打った。

「あっれ」
 サンプルを作り終えて目を上げれば、Rayのメカニカルなお耳がしゅんと垂れている。
「もしかして結構残念がってるぅ~?」
 意外だった。ビジュアルが接客向きに見えるRayだが当初はコンカフェ企画に乗り気でなく、最初のミーティングで「僕はそういう目的のために製造されたわけではありません」などと言っていたくらいなのだが。
「それは……そうでしょう」
 どうやら『らしくない』自覚はあるらしく、Rayはおどおどと自分の指先に目を落とす。
「僕たちはうさぎ大王のおもてなし権を得るために、慣れないカフェまでやったんですから」
 面白い。アンドロイドが『らしくない』言動をするなんて。これは製造チームに報告してあげないと。

「Dr.ローズは悔しくないんですか?」
「悔しいに決まってるじゃーん。パカパカ星雲だよ? 宇宙的最新技術に触れたいし、うさぎ大王に何が詰まってるのかもめっちゃ気になるしぃ」
 Dr.ローズは丁寧にサンプルを並べていく。
「けど、収穫ナシってわけじゃーないし。まーいーかなと、あーしは思うね」
 Rayが「え」と声を上げるので、Dr.ローズは血の気のない顔に笑みを浮かべた。

「人が集まることによってできる実験もあるからさぁ」
「……してたんですか。実験」
「あーしが研究以外のことをしてる時間は、ないと思ったほうがいいね~」
「さっきから検証してるサンプルって、もしかして」
「んっふっふっふっふ~」
 呆れ顔をするRayをよそに、Dr.ローズはスイッチをぽちっとな。客の何を収集していたのだか知らないが、遠心分離機が回り始める。

 らぼカフェ☆あふろでぃあ。
 ジャポネの科学の牙城は、やっぱりマイペースなのだった。


●卯月浪漫茶房
 ジャポネ伝統の家屋にモダンアレンジを加えた店内。一番いい客用座敷は、いまやすっかりお局キャストの お静 (東尾 しづ) の定位置である。
「そういえば、競争があったんだったねえ」
 すっかり忘れていたよと言いながら、お静は通知の書面を卓へ放った。
 おもてなしバトルの結果通知だ。お静のその態度を見れば内容は明らかなように思われる。それでも「どうだったのですか」と ウェ村バル之進 (レイウェスト・バルダス) は尋ねた。

「どうやら、おもてなし権とやらは逃しちまったみたいだ。いやあ、やっぱり客商売ってのは難しいもんだねえ」
 残念残念と言ってお茶をすする。
「お静殿はいささか、馴染みすぎではないでしょうか」
 その堂に入った姿には、思わずバル之進も突っ込まざるを得なかったが。
「……あまり気にされてないようですね」
「そりゃあ本職の連中と張り合うのは難しかろうさ。喫茶店だってなまじな商売じゃあない」
 それに、とお静は続ける。
「あたしもお国に勤めて長いけどね、こんな愉快な仕事は初めてだったかもしれないねえ」
 その点はバル之進とて同意するところだ。

「お前さんはどうだったい。このひと月、キャストとやらをやってみて」
「そうですね……とても勉強になりました」
 お静はからから笑い出す。
「いやはや、さすが優等生だ。お前さんは真面目だねえ!」
 しかしバル之進は「本当にそう思ったのですよ」と微笑んだ。
「民の喜ぶ顔を間近で見た経験は、この先迷ったときの支えになるのではないかと」

「ふぅん……」
「……何か」
 目を細めていたお静が、にかりと笑った。
「お前さん、きっと大成するよ。あたしが保証する」
「光栄です」

 卯月浪漫茶房。
 日頃はジャポネを守るため暗躍する、SAMURAI&NINJAである。


●エイプリアンダイナー
「なんとッ! こんなことがあっていいものかッ!」
 身体のラインを強調する制服に身を包んだ男が、両拳を握りしめて天井を仰いだ。こんがり焼けた腕の筋肉が目にまぶしい。

 仮にも客商売、カフェのキャストがこんな態度では注目を集めてしまいそうなものだが、ゴキゲンなミュージックと他キャストたちのCOOLなパフォーマンスに紛れて特に客の注意はひかなかった。
「我々のアツいダイナー (Cong) が届かなかったとは残念無念……ッ!」
  バシリオ★ザ★ゴールデンシップ (バシリオ・デ・バルテス) が手にしているのは、例にもれずおもてなしバトルの最終結果通知だ。

「まあいいじゃん! ウチちょー楽しかったし!」
 大袈裟に嘆くバシリオの背中を、スペシャルステーキバーガーをサーブして戻ってきた かみちー (笹原 かなみ)ばしっ (バシリオだけに) と叩いた。
「Oh……かみちーも腕を上げたな!」
「最初ウチらが接客~? って思ってたけど、やってみると面白いね!」
  誰かのやらかし (機密情報) 拾ってくるよりぜんぜんいいよ、と続いたのは聞かなかったふりをしたほうがいいだろう。

「確かに……!」
 バシリオは割とすぐに復活した。
「よい時間だったのは間違いない。直接人々と接して得られるものは実に多かった! そういう意味では、思いがけない機会をくれたうさぎ大王に感謝感激雨あられせねばならん!」
 彼はふむ、と顎を撫でる。
「せっかくの 接客 (セッカク) 経験を生かすべく、国に帰ったら王子業に精を出さねば!」
「ふーん。B★T★Gも大変なんだねー」
 生返事のかみちーは、今度はベリービッグビッグパフェの飾りつけに忙しい。期間限定の店舗でも、終了まではお客様を喜ばせるのが彼らの使命だ。

「人のため尽くすのはやりがいがあると改めて確信した。かみちーも相談事があれば、いつでもオウジるぞ!」
「なにそれちょーウケるー」

 エイプリアンダイナー。
 スパイたちは、イベントが終われば各々の国、各々の星へ帰っていく。


●優勝! The 4th Stage Cafe
 こうしておもてなしバトルの最終結果は出た。
 時は移り、いよいようさぎ大王が降下するというその日。

「うっ……うっ……」
 おもてなしバトルの優勝者、アイドルカフェThe 4th Stage Cafeのキャストとして活躍した メイ (メアリー・リーンエス) は、舞台裏で悲しみに暮れていた。

 出番を待つ間に舞台のカーテンを噛む彼女に気づいた ブラックソード (アーサー) は、躊躇ののちに口を開いた。
「……どうした」
 正直関わりたくない。それでも一歩踏み出すところが彼の人柄か。

「ブラックソード氏……」
 振り向いたメイの目は潤んでいる。
「私たちはおもてなしバトルで優勝した。今日はその晴れ舞台ではないか」
「ええ、わかっています。もちろん優勝は嬉しいですわ。嬉しいんですけれど」
 次の瞬間、メイは引きちぎらんばかりにカーテンにしがみつく。
「おもてなしバトルが終わったら、もうウェ村バル之進様に会えなくなってしまうんですわ~~~~~!!」

 ――マスターズカフェ5はいずれも期間限定の店舗。イベントが終われば、撤収・解散する定めである。
 おもてなしバトルというイベント自体がもとはといえばジャポネの宇宙政策に絡む話であり、キャストは皆それぞれの勢力から与えられた使命を負っている。
 楽しい時間には終わりがあるのだ。

「泣くな」
 黄色をベースにしたチェック柄のアイドル衣装の震える肩を、ブラックソードはそっと叩く。
「皆を笑顔にするのが俺達の仕事だ。俺達が笑っていなくてどうする」

「……驚きましたわ」
 メイはしばらくブラックソードの顔を眺めてから、ぽつりと言った。
「わたくし、今さらブラソ推しになってしまいそうですわ」
「……まもなく開演だ。早くメイクを直してこい」


●歓迎! うさぎ大王
 客電が落ち、注意アナウンスののちに非常灯も消える。ほのかな緊張感の漂う暗闇は、長くは続かない。
『Welcome to The 4th Stage Cafe!』
 景気のいい破裂音とともに、無数のライトが屋外ステージを照らし出す。

 うさぎ大王歓迎ライブの超プレミアチケットを手に入れた幸運なオーディエンスが歓声を上げる中、人気キャストたちが次々とステージに上がった。
 1曲目はユニットの枠を超えたこの夜のための特別ナンバー。花火の下、メイが、ブラックソードが、そしてフォースタのオールスターが、疾走感あるサウンドとともに躍動する。
「ブラックソード様ぁー!」
「メイちゃーん!」
 初めて聴く曲にもかかわらず、サイリウムの波が一斉に揺れた。

 曲がエンディングを迎え、拍手と口笛と声がキャストたちを称える。冷めやらぬ熱気の中、ステージの中央にメイが進み出た。
「いらっしゃいませ、うさぎ大王様! ジャポネへようこそ!」

 次の瞬間。
「うっ……!?」
 強烈な圧を感じた。キャストもオーディエンスもスタッフも。
 場に集った人々は皆おそるおそる、あるいは興味津々で上空を見上げる。

 ――鋼鉄のうさぎ。

 それは、そうとしか言いようのない見た目をしていた。
 デフォルメされた金属製の巨大なうさぎの頭部が、天から降りてくる。ステージの照明設備が担当スタッフたちの手を離れ、勝手に動いて金属うさぎをレーザーで照らし出す。

「……なんだあれは」
 ステージ上でつぶやいたブラックソードの言葉は、その場全員の心を代弁していた。

 金属うさぎが、ステージの真上で静止した。
 皆が固唾をのんで見守る中、ぱかりとその口にあたる部分が開く。

 うさぎから、うさぎが出てきた。

 今度のうさぎには手足がある。人型を模した金属製の着ぐるみっぽいうさぎが、支えも何もなしにゆっくりと降下してくるのだ。
 メタル着ぐるみうさぎが、ステージに降り立つ。

「……うさぎ大王様?」
 金属うさぎがメイの声を合図にしたように、中央から――割れた。
「ひっ!?」

 割れた中から登場したのは、ひと回り小さいうさぎであった。
 そのうさぎがまた割れ、さらに小さなうさぎが現れる。
 しかもいつの間にか、のほうのうさぎもその場に立っている。

 うさぎは次々と分裂を繰り返した。
 ステージを埋め尽くしていく、うさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎ――

「うさぎ大王、結局何者なんですのー!?」
 メイの叫びに答えられる者は誰もいなかった。